『「出生前診断」を迷うあなたへ~子どもを選ばないことを選ぶ』(大野明子著・講談社)の著者は産科医であり臨床遺伝医です。
この本は、未来の妊婦さんと現在の妊婦さん、そして赤ちゃんが生まれたばかりのお母さん、それから子育て中のお母さんたち、そしてそのパートナーのかたたちに読んでいただきたくて作りました。(「まえがき」より)
言い換えればこの本は、幼い命に関わる両親全てが対象になっています。
著者は2013年から導入された「出生前診断」により、結果的に中絶を余儀なくされているケースが多い現状を悲観しています。
私はダウン症児の親ですが、もし当時「出生前診断」があって、結果が陽性だとしたら、今の私たちから見れば間違った選択をしていたかもしれません。
この本の副題は「子どもを選ばないことを選ぶ」ですが、この意味は深いです。
親が授かった命の生死を選択する立場になったとき、最低限どの程度の知識を持たなければいけないか、その部分を教えてくれる本だと思いました。
命に関しての正しい知識と考え方を学べる本だと思います。
こちらでは、この本から受けた感想や学んだことを少しだけですが共有したいと思います。
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本の概要
親として、生まれてくる「いのち」とどう向き合うべきか?
子どもに障害があることは、その事実があるだけのこと。恥じることでも、子どもがかわいそうなことでもありません。
ダウン症の赤ちゃんを見つけるための優れた技術、新型出生前診断。まるでいのちの「検品」のようなこの検査は、産む人と赤ちゃんに何をもたらすのか。
検査を 受けるべきかどうか迷い悩む妊婦さんたちへ、そして、お腹の赤ちゃんや生まれたばかりの赤ちゃんに障害があるかもしれないと告げられたお母さんたちへ、 「大丈夫ですよ」と伝えたい。ロングセラー『子どもを選ばないことを選ぶ』、待望の文庫化。
※本書は2003年5月にメディカ出版から刊行された『子どもを選ばないことを選ぶ』を加筆修正の上、文庫化したものです。
※引用:Amazon 『「出生前診断」を迷うあなたへ』
この本は大きく4章に分かれています。
第1章では出生前診断の考え方、第2章では臨床遺伝医・長谷川知子氏との対談、第3章はダウン症児を育児している数名の母親や父親との対談、第4章はまとめ的内容になっています。
特に第2章の臨床遺伝医・長谷川氏との対談は、実際の医療現場での経験を話されていますので、とても興味深く読ませていただきました。
この本で勉強になったところ
第3章のダウン症児の親との対談もとても参考になりましたが、一番付箋を貼ってしまったのは、第2章の臨床遺伝医との対談でした。
勉強になったところいくつかをメモしたいと思います。
優生思想の強い人には、想像力の欠如を感じることもあります。たとえば、自分がダウン症だったらどうしてほしいかなど、まず想像不能でしょう。そんなことは思いたくないから、自分がダウン症だったら生まれたくないと思うのかもしれません。(76ページより)
長谷川氏の話によれば、ドイツにいた当時、羊水検査が優生思想にあたるかどうかを学会で大々的に論議していたそうです。
ドイツはナチスによるユダヤ人迫害の歴史があるからなのですが、羊水検査を行っていた研究所を優生思想反対の団体が爆破する事件も起きたとのことです。
出生前診断とは、生まれる前に親が「もう、うちの子じゃないよ」と言うことと同じです。つまり、胎児への虐待とも言えます。(中略)
ですから、出生前診断は、すでに淘汰を越え、生きられるとお墨付きをもらった子を捨てることになります。(79ページより)珠のように美しい子どもを産むと、ご両親は自慢に思うでしょうが、自分で作ったわけではないから、おかしいです。こんな子を産んだなどと責めるのも、それと同じことで、お母さんの責任ではありません。(82ページより)
長谷川氏いわく、障害や病気があることに引け目を感じるのが変だということはよく考えればわかることで、それは人間ができることの領域外になるとのこと。
だから人間ごときがそれに責任を持とうとするのは僭越(せんえつ)だとも。
診断するだけで、その後のケアがないのは残酷です。多くの産科医は、染色体異常で生まれてくる子を非常に恐れているように感じます。まるで人間ではないかのような見方になってはいないでしょうか。(89ページより)
ケアがない産科医は多いそうです。この本の事例では、超音波診断を行い胎児に染色体異常の可能性が見つかったとき、「羊水検査をして堕ろしたほうがいい」と、産科医が夫婦に言ったことが書いてありました。
結局その夫婦は検査を受けず、生まれた子はダウン症だったのですが、全くケアがなかったとのこと。
もし羊水検査を受けて中絶していれば、自分たちの気持ちは誰にも伝えられなかっただろうから、ずっと重荷を背負っていかなければならなかったと思う、とのことでした。
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いのちの選別~お産の現場で矛盾していること
第4章では、お産の現場でとても矛盾していることが起こっていることを指摘しています。
ところで、産婦人科医の仕事の中で、私が矛盾を感じるのは、不妊治療を行う一方で、人工妊娠中絶の手術を行っていることです。(中略)
いのちを人為的に作ることと人為的に絶つこと、さらに、死を目的としたお産と生を目的としたお産。
医師であれ、助産婦であれ、看護師であれ、同一の人格が、これほどまでに矛盾した目的を持ち、同じ空間で、同じ道具を使って、同じ同僚たちとともに仕事に携わっている職業はほかにあるでしょうか。(211ページより)
確かにこの話を読んでいると、産科医という仕事は通常の神経では務まらない仕事に思えます。
著者は、このことが仮に意識されていないとしても、無意識の中で複雑な影響があるのではないかと危惧しています。
ニーズがあるからやむをえず仕事している側面があるとしても、いのちやお産に対する姿勢がどうしても歪んでくるように思うとも述べられていました。
著者が選ぶ関連書籍
著者が出生前診断を理解する上ですすめていた本を2冊ご紹介します。ただ少し古いです。
・佐藤 孝道『出生前診断―いのちの品質管理への警鐘 』
・坂井 律子著『ルポルタージュ出生前診断―生命誕生の現場に何が起きているのか?』
※こちらの本も紹介されてました
・流産死産新生児死で子をなくした親の会著『誕生死』
まとめ
出生前診断について、思った以上に知識がなかったことを、この本であらためて知らされました。
副題にある通り、著者の考えは「子どもを選ばないことを選ぶ」。
すなわち「出生前診断は必要ない」ということですが、以前著者はこの問題に迷いが生じたことがあったそうです。
訴訟の可能性を考えてのことですが、その後生まれてきたダウン症の子やそのご両親とふれ合うことで迷いがなくなったと言われています。
ところで著者がこの本の主人公と話す、表紙のかわいい女の子は、著者が開設した「お産の家」で生まれた子。
中のページにも写真が数枚入っていますが、とてもかわいらしく見ているだけで癒やされます。
この子の写真集を出していただきたいくらいです。
私は障害を持って生まれた子は、皆必要だからこの世に生まれてきたと信じています。
人間が操作できないものには何かしら意味があると思いたいし、最低でも謙虚であるべきだと思うからです。
なによりハンデを背負ったこの子たちに、幸あって欲しいと願います。