第155回直木賞候補の『暗幕のゲルニカ』(原田マハ著・新潮社)を読みました。
私が初めて「ゲルニカ」を等寸大で観たのは京都近代美術館のピカソ展(1995年)。
門外不出の作品なので写真複製だったのですが、349cm×777cmの大きさにもかかわらず、人でごった返していて間近で見ることが出来なかった思い出があります。
ちょうど結婚した年だったので特に印象に残ったのですが、『暗幕のゲルニカ』を読んで、あのときの印象が少しだけですが蘇りました。
『暗幕のゲルニカ』は今回(第155回)の直木賞最有力作品だと、読後感じました。
念のため、今回の候補6作品を下記におさらいしてみたいと思います。
伊東潤「天下人の茶」(文藝春秋)
荻原浩「海の見える理髪店」(集英社)
門井慶喜「家康、江戸を建てる」(祥伝社)
原田マハ「暗幕のゲルニカ」(新潮社)
湊かなえ「ポイズンドーター・ホーリーマザー」(光文社)
米澤穂信「真実の10メートル手前」(東京創元社)
直木三十五賞(なおきさんじゅうごしょう)は、無名・新人及び中堅作家による大衆小説作品に与えられる文学賞である。通称は直木賞。
かつては芥川賞と同じく無名・新人作家に対する賞であったが、現在では中堅作家が主な対象とされていて、ベテランが受賞することが多々ある。
引用:ウィキペディア「直木三十五賞」
今回は、ノミネートされた6人全員が過去に直木賞候補に選ばれたという混戦ぶり。
受賞作を決める選考会は7月19日、東京・築地の「新喜楽」で行われるそうです。
かなり脱線してしまいましたが、『暗幕のゲルニカ』について思うことなど書いてみたいと思います。
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『暗幕のゲルニカ』について
あらすじと感想
一枚の絵が、戦争を止める。私は信じる、絵画の力を。
手に汗握るアートサスペンス! 反戦のシンボルにして2 0世紀を代表する絵画、ピカソの〈ゲルニカ〉。
国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した―― 誰が〈ゲルニカ〉を隠したのか?
ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説。
※引用:Amazon「暗幕のゲルニカ」
『暗幕のゲルニカ』は、20世紀パートと21世紀パートが章ごとに入れ替わって同時進行し、最後で全ての接点がつながるという展開になっています。
20世紀パートでは、ピカソが「ゲルニカ」を制作するきっかけとなった、ドイツ空軍によるゲルニカ爆撃が、
そして21世紀パートでは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件に端を発した、アメリカ軍のイラク戦争を中心に物語が進んでいきます。
同時進行する2つのパートですが、最後で物語は急展開。
特に主人公八神が拉致されたところからの展開が意外で、涙を誘うシーンもありました。
スピード感があり、結末もとても良かったです。
史実を元に書かれているので、背景を調べれば私のように2~3度楽しめるのではないでしょうか。
著者について
著者・原田マハ氏の略歴です。
1962(昭和37)年、東京都小平市生まれ。関西学院大学文学部日本文学科および早稲田大学第二文学部美術史科卒業。
馬里邑美術館、伊藤忠商事を経て、 森ビル森美術館設立準備室在籍時、ニューヨーク近代美術館に派遣され同館にて勤務。
2005(平成17)年「カフーを待ちわびて」で第1回日本ラブストー リー大賞を受賞、デビュー。
2012年に発表したアートミステリ『楽園のカンヴァス』は第25回山本周五郎賞、第5回R‐40本屋さん大賞、TBS系「王 様のブランチ」BOOKアワードを受賞するなど話題を呼び、ベストセラーに
※引用:Amazon「暗幕のゲルニカ」
美術館勤務を経験したからこその今回の作品、だったんですね。
臨場感あふれる記述はそこに原点があるのだなと納得しました。
ちなみに本章でよく出てくる「MoMA」(モマ)は、原田氏が勤務していたニューヨーク近代美術館(The Museum of Modern Art, New York)の略。
フィクションでありながらドキュメンタリーのように思えるのは、史実に基づく構成と作者の経験、そして昨今のテロ報道で人ごとに思えなくなっている現状が合致しているからだと思います。
この辺りの作者の着眼点が素晴らしいと思いました。
同じ絵画ミステリーの『楽園のカンヴァス』もせひ読んでみようと思います。
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『暗幕のゲルニカ』豆知識
・ゲルニカについて
『ゲルニカ』(Guernica)は、スペインの画家パブロ・ピカソがスペイン内戦中の1937年に描いた絵画、およびそれと同じ絵柄で作られた壁画である。
ドイツ空軍のコンドル軍団によってビスカヤ県のゲルニカが受けた都市無差別爆撃(ゲルニカ爆撃)を主題としている。
20世紀を象徴する絵画であるとされ、その準備と製作に関してもっとも完全に記録されている絵画であるとされることもある。
発表当初の評価は高くなかったが、やがて反戦や抵抗のシンボルとなり、ピカソの死後にも保管場所をめぐる論争が繰り広げられた。
・国連のタペストリー隠蔽は本当の話だった
アメリカ国務長官がイラクへの武力行使をすると宣言した時に、長官の背後にあるゲルニカのタペストリーが幕で隠されていたシーンがありましたが、あれは実話なのだそうです。
先日来イラク査察関係のテレビニュースを観ていて「あっ!」と思ったことがある。
パウエル国務長官がイラクの兵器隠蔽を非難する演説をしたのを機に、安全保障理事会の前の廊下にあるピカソの「ゲルニカ」(複製)がニュース画面に入らないよう幕で隠されてしまったのだ。ご存知だっただろうか。
著者の話でも興味深いことが書かれていました。
イラク空爆前夜、当時のアメリカ国務長官コリン・パウエルが記者会見を行った際、そこにあるはずのタペストリーが暗幕で隠されていたのです。私はそれを、テレビのニュースで知りました。
同じ年の六月、スイスのバーゼルで行われた印象派の展覧会を訪れたところ、会場のロビーにそのタペストリーが飾られていたのです!
横には、暗幕の前で パウエル国務長官が演説をしている写真と、展覧会の主催者にして大コレクター、エルンスト・バイエラー氏のメッセージがありました。
「誰が〈ゲルニカ〉に 暗幕をかけたかはわからない。しかし彼らはピカソのメッセージそのものを覆い隠そうとした。私たちはこの事件を忘れない」と。
そしてタペストリーは所有者 の意向により、国連本部から他の美術館に移されました。
・国連安全保障理事会ロビーのタペストリーはカラーだった
実物の「ゲルニカ」はモノクロームですが、国連のタペストリーはカラーなのだそうです。
→ 参考:ニューヨーク特派員便り – TSSテレビ新広島> 2007年10月30日(火) 第62回国連総会開幕から1ヶ月
・著者のことば
著者の原田マハ氏が、本の話WEBで『暗幕のゲルニカ』への思いを述べてました。
「私も、主人公の瑤子と同じように、大原美術館で見たピカソに強く魅かれた体験が、今の仕事につながっています。
“いつか自分もピカソをものにしよう”と 思い続け、美術専攻だった学士入学した大学時代に、『ゲルニカ』で論文を書こうとしたこともありましたが、教授に『歯が立たないからやめておけ』と言われ 断念しました。
それだけに、今回、『ようやく書けた』という思いがあります」(中略)
「新たな芸術が生まれる瞬間に立ち会いたいという欲望を、ドラは実現させた幸運な人物です。
女性写真家として、新しい時代の担い手だった彼女も、私の欲望の投影であり、彼女の存在がこの物語を書かせてくれました」
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まとめ
やっぱり小説は面白いな~とあらためて感じた作品でした。
ピカソについては展覧会へは行きましたが、今まであまり馴染みがありませんでした。
『暗幕のゲルニカ』を読んだおかげで、ピカソやその作品についてもっと知りたいと思いました。
最後に、新潮社のサイトに掲載されている、著者の言葉を引用いたします。
実際は、美術が戦争を直接止められることはないかもしれません。それは小説も同じでしょう。けれど「止めら れるかもしれない」と思い続けることが大事なんです。
人が傷ついたりおびえたりしている時に、力ではなく違う方法でそれに抗うことができる。
どんな形でも クリエイターが発信していくことをやめない限り、それがメッセージになり、人の心に火を灯す。そんな世界を、私はずっと希求しています。
直木賞の発表が楽しみです。